日々、どのように「生きて」いるのか
前回は簡単ですが、自己紹介を記載させて頂きました。
ここからが本編第一弾となります。
先日の3日間道場で出てきた印象的な言葉と出会いました。
「ピンポン球のような人生をいきていないか」
(*備忘録的要素もあるので、言葉の正確性はご了承ください。)
私含めて、多くの方はテレビやインターネット、電車内広告、社内会議等
多くの「情報」に触れていると思います。
しかし、ふと1日を振り返ると文章が浮かんでこない、
日記に書きたいテーマの1つも出てこないことがありました。
せいぜい、出てきて「今日もよく頑張った」「疲れた」といった程度です(笑)。
これは何が原因なんだろうと思ったときにであった言葉が
「ピンポン球」というキーワードでした。
情報や課題に条件反射的に反応しているだけで、自分の中で
「咀嚼する」という行為が抜けている、だから自分の記憶に残らず思い出せない。
例えば、SNSで友人が「いいね!」を押した記事を読んで、
自分も「いいね!」を押して終わるという動作は良い例かと思います。
条件反射の世界は、コンピューターと何も変わらなくなってしまいます。
「情報」にふれ、疑問を持ったり、感動したりしながら、
記憶・考えを蓄積していくことで「自分だけの人生」が
生まれてくるのではないかと「ピンポン球」という言葉から感じました。
取りとめなく発散してしまいましたが、初日から飛ばし過ぎないために
今日はこの辺で筆を下ろしたいと思います。
【今日のまとめ】
・情報に条件反射的に反応するだけ「ピンポン球」のような人生を生きていないか
・疑問や感動といった「咀嚼」を通じて、記憶や考えは蓄積されるのではないか
・もし、これらの考えが正しければ、「ピンポン球」ではなく「咀嚼」を
繰り返す方が「自分だけの人生」により近づくことが出来る