20代で7社の転職を経て企業再生の中の人のブログ(旧:AB型企業内自由人ムライの万華鏡)

大手シンクタンクやWebサービス会社、外資系コンサル戦略部門を経て、今は流通業の再生に中の人が日々の日常について話します。尚、本ブログの投稿内容は会社とは一切とは関係なく、一個人の見解として記述いたします。

日々、どのように「生きて」いるのか

前回は簡単ですが、自己紹介を記載させて頂きました。
ここからが本編第一弾となります。

先日の3日間道場で出てきた印象的な言葉と出会いました。
「ピンポン球のような人生をいきていないか」
(*備忘録的要素もあるので、言葉の正確性はご了承ください。)

私含めて、多くの方はテレビやインターネット、電車内広告、社内会議等
多くの「情報」に触れていると思います。

しかし、ふと1日を振り返ると文章が浮かんでこない、
日記に書きたいテーマの1つも出てこないことがありました。
せいぜい、出てきて「今日もよく頑張った」「疲れた」といった程度です(笑)。

これは何が原因なんだろうと思ったときにであった言葉が

「ピンポン球」というキーワードでした。

情報や課題に条件反射的に反応しているだけで、自分の中で

「咀嚼する」という行為が抜けている、だから自分の記憶に残らず思い出せない。


例えば、SNSで友人が「いいね!」を押した記事を読んで、
自分も「いいね!」を押して終わるという動作は良い例かと思います。


条件反射の世界は、コンピューターと何も変わらなくなってしまいます。


「情報」にふれ、疑問を持ったり、感動したりしながら、
記憶・考えを蓄積していくことで「自分だけの人生」が
生まれてくるのではないかと「ピンポン球」という言葉から感じました。


取りとめなく発散してしまいましたが、初日から飛ばし過ぎないために
今日はこの辺で筆を下ろしたいと思います。

【今日のまとめ】
・情報に条件反射的に反応するだけ「ピンポン球」のような人生を生きていないか

・疑問や感動といった「咀嚼」を通じて、記憶や考えは蓄積されるのではないか

・もし、これらの考えが正しければ、「ピンポン球」ではなく「咀嚼」を
 繰り返す方が「自分だけの人生」により近づくことが出来る